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SMと芸術 『明智伝鬼』
私はSMショーをみたり、縛っても興奮はしない。日本の伝統芸能として観に行く。しかし明智伝鬼氏が亡くなってからというものSMに対して空虚感がある。あと数年生きていれば人間国宝になったかもしれない。きっとSMは日本の芸能にもなれないし、国宝にもなれないけど、それほどの芸術性を高めた人だと思う。

緊縛というのは本来、16世紀代半ば中国から捕縛術として日本に渡り、江戸時代に武芸として華開いた。各地に流派ができ、秘伝という形で伝えられたために現在では殆ど伝わっていない。昭和になり日本のアンダーグラウンドでサドマゾといわれる人々が同好会や、会員制クラブのようなものでショーを始め、奇譚クラブなどのSM、変態専門誌なども発行された。緊縛をショーにしたのは故長田英吉だが、緊縛の美しさを追求した人は明智伝鬼で、秘伝の一本縄(縄をかけられた人は絶対に動けないが、たった一本の縄だけの縛りで、縄先を引くとするすると縛りがほどける技術)を解いたのも明智伝鬼だ。

私は明智伝鬼氏の生前、一度だけショーアップ大宮でのショーを見た事がある。そのときもまず一本縄を披露された。会場の緊張感や縛りの美しさと技術に涙が出そうだった。明智伝鬼氏がショーをやると世界ができた。空間は彼だけのものとなり、物語をみているようであった。竹箒で身体を打つと、竹箒の屑までが美しく舞った。

氏は本当の伝統芸能に通じるこんな事を言っている。「年に一度か二度、手が縄を持って身体を縛っていくのではなくて、縄が自然に動き出して身体を縛っていく感覚があった」と。

本当に残念で、葬式や追悼イベントにも行ったが、その後はSMショーを見に行ってない。しかしSMはただのエロや個人の趣向だけではなくて、芸術としての要素を十分もっている。明智伝鬼氏の縛りはもうみれないが、食わず嫌いをする前に芸術として眺めてほしい。
| SMと芸術 | 21:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
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